我が娘とアドラーが、パパに幸せになる方法を教えてくれた

どうも、新米パパ(@newpapalife)です。

昨年に娘が生まれて以来、ずっと思っていることがありまして,,,,,
娘は天使です。可愛いです。いつまでもその寝顔見てられます。
つまり、例に漏れず私も親バカということです。

ハイ、娘が生まれて幸せになりました。(少なくてもいまのところ笑)

なぜ幸せになったのか、うまく言葉で表現できていなかったのですが、
今日はうまく説明できそうなので、頑張って育児と幸せについてを結びつけていきます!

子どもが生まれて幸せになったけど、ロジカルに説明できなかった

子どもが生まれて、めちゃめちゃ幸せな新米パパなわけですが、

なぜ幸せなのか?

この問いに対して、論理的にうまく答えることができませんでした。

直感的に幸福感を感じてはいたものの、
ロジカルに自分の頭で理解できていなかったのです。

しかし、昨日あるブログエントリを読んだことで、自分の中でいろいろなものが繋がり

子どもを持つことが幸せな理由を論理的に説明できる気がしてきました

この3つがうまく繋がったのです。

今回は、子どもと幸福の関係についてのエントリです。

人は自分のことばかり考えると鬱になる

普段から読ませていただいている、みのりさんのブログ。
昨日出会ったエントリは、目から鱗の発見でした。

とくに、印象に残った文章は以下の通り。

自分のことばかり考えると鬱になる

心が健全じゃない時は、自分ごとに心を占領されてしまっている

「自分、自分」と内にこもっている状態から顔を上げて、目の前にいる1人の人としっかり向き合ってその人がもっと輝けるように全力で応援すること。

赤ちゃんの相手は、スケジュール通りに進まない。
だから、自分の時間がない。趣味に時間を費やせない。
今までと違って、好きなように友人と出かけることができない
育児をしているのが自分だけでまわりと話が合わない人もいるでしょう。
パパの場合だと、土日の時間を子育てに取られて、趣味のゴルフができなくなったなどetc

子育て期間中の悩みは苦しみはたくさんあります。
そして、その多くの子育て中の悩みの発端は、
自分のことばかり考えてしまっていることだったのです。

自分のことばかりに目を向けていると、心が病んでしまう。本当にその通りだと思いました。

自分のことばかり考えると、鬱=不幸になる。
不幸を回避することは幸福感を得るスタート地点です。

だから、心がやまないために、
自分にばかり目を向けず、他人の応援をする

これが幸せになる一歩なんだな、とみのりさんのエントリを読んで感じました。

そして、「他人の人生を全力で応援する」という言葉から、アドラー心理学の本を思い出します。

アドラーの教えを思い出した~幸せの源泉は貢献感である~

幸福とは貢献感

他人を応援することが幸せのスタートだと感じると、
あまりにも有名なベストセラー本、「嫌われる勇気」のある一節を思い出しました。

幸福とは、 貢献感である。

人は「わたしは誰かの役に立てている」と思えたときにだけ、自らの価値を実感することができる。しかし、そこでの貢献は、目に見えるかたちでなくてもかまわない。誰かの役に立てているという主観的な感覚、つまり「貢献感」があればそれでいい。

岸見 一郎; 古賀 史健. 嫌われる勇気 (Kindle Location 3227). . Kindle Edition.

アドラー心理学では、ひとが幸福感を感じるために必要なものは「貢献感」だと説きます。

まさに、幸福とは他人を応援することなんです。

赤ちゃんが教えてくれた「承認欲求の不必要性」

そして、アドラー心理学では承認欲求と幸福の関係性を否定します

貢献感を得るための手段が「 他者から承認されること」になってしまうと、 結局は他者の望みどおりの人生を歩まざるをえません。
承認欲求を通じて得られた貢献感には、自由がない。
われわれは自由を選びながら、 なおかつ幸福をめざす存在なのです。

岸見 一郎; 古賀 史健. 嫌われる勇気 (Kindle Locations 3252-3255). . Kindle Edition.

つまり、承認欲求を求めることは幸福にはつながらない。

承認欲求とは、他者に見返りを求めることです。

承認欲求は人間に備わっている本能です。
言葉で納得しても、承認欲求の否定することは難しいです。
皿洗いをしたから、妻から「ありがとう」という一言欲しい。
洗濯をしたから、その分部屋の掃除をして欲しい。
平日の保育園送り迎えをしているから・・、など、

実際にこれらのことを、求めてしまっている自分がいます。

そして、これらの見返りを求めて気分が良くなった試しがありません。笑

ただ、子どもが生まれて初めて
承認欲求が幸福の源泉でないと、実体験を通して理解することができました。

赤ちゃんがパパの承認欲求を満たしたことはなかった

娘のオムツを変えても、無反応。
うんこを漏らして、へらへら笑っている。
我が娘よ、そのあとパパがロンパース洗ってるんだぞ?笑
ママと作った離乳食を、ペって吐き出す

上記は、すべて日々の育児のワンシーン。
これまで娘に見返りを求めて、なにかをしたことはありません

今までも一度も、娘に「ありがとう」と言われたことはありません。
(なんせまだ5ヶ月なものでしゃべれないので笑)

でも、娘のために自分の時間やリソースを捧げることが自分にとって幸せだと気付きました。

承認欲求を必要とせず、貢献感のみで幸せになれることを我が娘が育児を通して教えてくれました。

子どもを持つと20年間他者貢献せざるを得ない状況になる

子どもが生まれて幸せを感じていた理由は、

育児が強制的に他者貢献をする状況を作るから だったみたいです。

赤ちゃんは自分の力じゃ何もできません。生きることもままなりません。
この子にはパパの力が役に立っている!という貢献感が湧きやすい状況だったのです。

さいごに

幸せについて学ばせてくれた娘には感謝しかありません。

他者に貢献することは、なにも我が子だけに向けたものではありません。
妻や家族、友人、見知らぬ人、全ての人が他者貢献の対象です

他人のことを全力で応援すること、貢献感をもつことが幸せの源泉であると、
育児を通して理解することができました。

僕は出家した僧侶ではないし、見返りを求めない貢献をすることは難しいです。

これから少しずつ、他者貢献の領域を娘から妻、家族、友人、通りすがりの誰かへと広げていきたいと思います。

そして、自我が芽生え、言葉がしゃべれるようになった娘に対しても、見返りを求めない教育を目指すこと。
これが、私の今後の目標です。

最後まで、ありがとうございました。

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